ゲッター日記   A 

        









 早乙女家のリビング。
 元気が夏休みの宿題をしている。
 高校生であるリョウ達には宿題はないが、夏休み明けに学力テストが控えている。ここしばらく恐竜帝国の攻撃がないことを幸いに、リョウはムサシとハヤトを勉強会に引きずり込んでいる。
 ムサシはミチルと一緒、というエサにつられて青息吐息で教科書とにらめっこしている。ハヤトは最初から一度も教科書を開くことなくパソコンをいじっている。何をしているか知らないが、テスト勉強でないことだけは確かだ。 

 「みんな、ひと休みしてお茶にしましょう。おいしいお菓子をいただいたのよ。」
 席を外していたミチルが、大きなお盆を抱えて入ってきた。
 「わぁお!待ってまっした!!」
 ムサシが教科書を放り出して走り寄り、お盆を受け取る。
 「うわぁ、すごいや!」
 元気が目をキラキラさせる。お盆の上には色とりどりの水菓子が並んでいる。
 「いやぁ、ミチルさん。ずいぶん綺麗なお菓子だね。」
 リョウも感嘆の声を上げる。
 「でしょう?京都のお菓子よ。やっぱり千年の都、王都と言われるだけあるわ。上品で、綺麗で。」
 宝石のような小菓子は食べるのがもったいないほどで。
 とはいえ、さっさと手が伸びているが。
 「京都って、憧れるのよねえ。」
 薄桃色の花びらの入ったゼリーをつまみながらミチルが言う。
 「だったらミチルさん、一緒に京都へ行きましょう!おいら、どこでも案内しますよ!!」
 とたんに目を輝かせるムサシ。
 「案内って、ムサシ、おまえ京都に行ったことあるのか?」
 「いや、ない!!」
 いばって言うムサシに脱力する。
 「それは『案内する』って言わないんじゃないか?」
 「じゃあミチルさん、どこでもお伴します!」
 ノリノリのムサシ。どこから出してきたのか、ガイドブックを広げてきた。
 「やはり御所には行きませんとね。ああ、祇園もいい。。舞妓さんと写真を撮りたいな。あ、いや、ミチルさんが一緒だと嫌がられるかもしれませんね、振袖を着ていなくてもミチルさんのほうが綺麗だから。」
 ちゃっかり褒めることも忘れないムサシ。清水寺の舞台から京都市街を一望できますよ、音羽の滝ではどの水を飲もうかな、八坂神社も行って、金閣寺は外せない。お昼は精進料理もいいけど、ちょっとボリュームが足りないな。南禅寺は湯豆腐で有名だけど、夏は暑いから止めたほうがいいか。葛きりがいいな。葛きりといったら『鍵善』だ。涼しげな川床料理はどうでしょう。貴船が有名だけど遠いですから鴨川で。四条界隈を行けば甘味処も目白押しですよ。お土産だっていろいろと・・・・・・そうだ、嵐山のほうへ行って、川下りなんかも。
 すっかりその気になっているムサシ。この理解力と応用力をテストで発揮できれば、追試の定期券は必要ないだろう。

 「ねえ、ねえリョウさん。」
 止まらぬムサシのガイド(?)に飽きたのか、元気がさっきまでやっていた宿題、社会の教科書を持ってきた。
 「京都って、怨霊封じの都なんだって?!」
 目が輝いている。そういえば今夜、「怖〜〜い話 百物語」という特番を見るのだと言っていた。
 「うん、そうだよ元気ちゃん。桓武天皇が、弟の早良親王の怨霊を恐れて造った都だよ。早良親王は皇太弟といって、皇位を継ぐはずだったんだ。そこに桓武天皇の子供が生まれて、桓武天皇は我が子に継がせたいと早良親王に罪を着せたと言われている。親王は無実を訴え、自ら食を断って死んだんだ。その怨霊を恐れたんだよ。」
 幾重にも、幾重にも呪術的防御を張り巡らせた都。
 「もともと中国から伝わった風水では、三方が山に囲まれ一方のみに川が開かれている土地は、王侯の都にふさわしいと言われてきたんだ。京都は東山、比良山脈、比叡山と、三方を山に囲まれた盆地だ。ただひとつ開かれた南の地には三つの川がある。比叡山は最澄が開いた霊山でもある。王城鎮護の土地として、これ以上の所はなかったんだろうな。山が外敵の侵略を防ぎ、川が物資を運搬する。此処に籠っていれば安全だと思ったのだろう。神社仏閣を多く配し、力ある陰陽師に京を守らせる・・・・・」
 「あ、それ知ってる。安倍晴明でしょ!クラスの女の子達がマンガを持ってきてキャアキャア言ってた。」
 「安倍晴明はスーパースターだからな。今でも晴明神社への参拝は引きも切らないって言うし。あと陰陽師として有名だったのは加茂泰成とか芦屋道満とか、三善・・・・っと。おい、ハヤト、知ってるか?」
 訓練がないと知るとさっさと一人でどこかへ行こうとしたハヤトを、「同じ部屋にいるだけでいいから。別に勉強に付き合えとは言っていない。」と無理無理引き止めて。 
 少しでも仲間に馴れ合ってほしいと思うチームメイトは。
 言葉どうり、ただ同じ部屋にいるだけで。
 自分たちの会話にも入らなければ、おやつをつまもうともしない。ミチルが渡したお茶のコップだけは、机の隅に置いているが。
 リョウの声も無視している。
 やれやれとリョウはため息をつく。
 「凄かったんだってね、安倍晴明って。式神どころか鬼まで使役して、ちみもうりょうを退治したって。」
 「ちみもうりょうってなんだ?」
 とムサシ。やっとこっちの世界に戻ってきたようだ。
 「魑魅魍魎。早い話が鬼や幽霊や怨霊さ。」
 「へえ?なんで。京都は怨霊が入ってこられない土地なんだろ?」
 「だから、人々に次々と恨みや妬む心が生まれたってことだろ。京都は政治の都だ。人を押しのけようとする陰謀権術が渦巻いていたからな。それに人が多く固まって暮らしているぶん、病気が流行したらあっという間に大勢の人が死んだ。その恐怖と悲しみを怨霊や鬼のせいにして神仏や陰陽師に縋ったのだろうな。」
 「ふ〜〜ん、そうか。」
 感心したように頷くムサシと元気。そこに。
 フン、と嫌〜〜な、鼻をくくったような笑みが。
 「「「?」」」
 目を向けた先に薄ら笑い。
 「リョウ、おまえ、本当にそう思っているのか?」
 「ああ?なにが?」
 「京都が、『人を怨霊から守るための都』だってことをさ。」
 「?どういう意味だ。京都は怨霊封じの都だろう。」
 「それ自体は間違っちゃいないがな。根本的なところが違う。」
 「なんだよ、もったいぶりやがって。さっさと言えよ!」
 ムサシが苛立たしそうに言う。
 「ムサシ、鬼と怨霊の違いはわかるか。」 
 「えっ?いや、えっと鬼は・・・角がある、とか・・・・でかいとか。怨霊って幽霊みたいなものなんだよな。」
 戸惑うようにみんなを見渡しながら答える。
 「まあ、そんなところだ。要するに、触れることが出来る、実体があるのが鬼だ。ところで鬼退治と言う言葉があるだろう。鬼は退治できるんだ。それに比べて怨霊は、『払う』か『封じる』しかない。なぜなら実体を持たないから。だったら実体を持たせればいい。どうやるか。簡単だ、人に憑依させればいい。『依代』というやつだ。人間の場合は『よりまし(神人)』というけどな。」
 「はぁ!!?」
 「おいおい、ちょっと待て!」
 「ん?」
 「簡単に言うなよ、憑かれた人はどうなるんだよ。」
 あわてて問い返すと、
 「もちろん死ぬさ。そのための依代だからな。」
 しらっと答えてくる。
 「何だよそれ。人身御供というやつか!」
 「ちょっと違う。というか、それ以前だ。」
 言葉が続かないリョウ達を見ながら、ハヤトはあっさりと続ける。
 「怨霊封じの都という意味は、すなわち怨霊がこの土地から出て行かぬようにしている、という意味だ。京都は、他の地に災いが及ばぬよう、すべての怨霊を引き受けさせられた都だ。」
 形なきものは壊せない。
 だから容器に閉じ込めて。
 その容器ごと。
 「そ、そんな・・・・」
 絶句するリョウ達。
 「でもよ、そんな簡単に人に憑くものなのか?」
 ムサシがおそるおそる尋ねる。
 「怨霊は何故怨霊となった?心残りがあったからだ。死にたくない。憎い相手を殺したい。堕とされた名誉を回復したいなど。だが体はすでにない。魂魄だけではいずれ霧散する。魂魄を留める器が欲しい。どんな体でもいい、と思うのは人情だろう。」
 いや、怨霊に人情を当てはめられても、というツッコミさえ浮かばず。
 「京都は当時の日本の最大の都市だ。しかも自給の出来ない消費都市。生活に必要な物資はすべて他の地から届けられる。たとえそれらの地が旱魃にあえぎ、耕作する者達自身が飢えて死にゆくとも、京都への輸送は滞らない。何故か。自分達の国から遠く離れた都が自分達に何をしてくれるというのか。夜盗に襲われても助けてくれるわけではないのに。つまり、京に届けられていく米や魚、塩や野采、その他のすべては年貢という名の貢物ではない。供物だ。怨霊を含むすべての悪霊の、供物となる京人達への供物だったんだ。」
 「お、おい。それはあまりにも極論すぎるんじゃないか?」
 リョウが反論する。
 「京都には力ある僧侶や陰陽師が集まっていた。内裏を中心に人々を守ったはずだ。」
 「ふん、甘いなリョウ。陰陽師達が内裏に集まって呪法を行なったのは、人を守るためじゃない。悪霊や疫神が京都から逃げ出さないよう結界を張ったんだ。たとえば伝染病のウィルス。退治する方法がないのだから仕方がない。広げるだけ広げる。いずれ宿主が死に絶えればウィルスも眠る。かろうじて生き延びた人間は免疫を持っている。そんな人間がほかの人間と交わっていけば免疫も広がる。京の葬送地があまり人の生活圏から離れていないのは、悪しきもの、ウィルスなんかをを京都から出さないためだ。さっき話に出ていた清水寺の舞台、あそこは京に溢れた死体を投げ捨てる場所だった。清水の舞台から飛び降りる、ということわざは、死ぬ気になって何かを成し遂げるというものになってしまったが、もともとはあの舞台に立った時点で死んでるんだがな。」
 口元にシニカルな笑みを浮かべるハヤト。
 いつのまにか日が陰ってきている。
 「で、でもよ。京都って風水じゃいい場所なんだろ?そんな悪霊が集まる場所じゃないだろ。」
 ムサシの言葉に、
 「鞍馬山は知ってるだろ。」
 「うん、牛若丸が天狗に修行して貰った場所だよね。」
 ハヤトの質問に元気が答える。
 「天狗というのは、後に修験者である山伏のイメージが重なっているが、一番古い記述は日本書紀ある。」
 急になにを言いだしたのかと訝る面々。まったく気にせず、
 「そのときは『アマツキツネ』と呼ばれた。それは流れ星だ。」
 「天狗が流れ星なの?!」
 「アマツキツネ。天の獣。つまり、空を駆ける獣。流星の尾は、獣のしっぽにみえなくもないだろ。」
 「うん。そう言われてみると・・・・」
 「そして鞍馬。鞍馬は『暗い魔』と書く。鞍馬寺の奥の院、そこに祭られているのは『魔王尊』。そしてその魔王尊は、650万年前に金星からやってきたと言い伝えられているんだ。」
 「ええ、金星?」
 「650万年前って、なんでわかるんだよ。証拠があるのか?」
 ムサシが驚いて聞き返す。リョウもミチルも目を丸くする。
 「証拠なんてあるはずないだろう。ただの口伝だ。だが、鞍馬は魔王が降臨した地。そう信じさせる何かがあるんだろうぜ。悪霊が集ってもおかしくないさ。」
 重〜〜い空気が部屋を満たす。と、そこに。
 『ガチャリ!』
 ドアが開かれ、思わず飛び上がる。
 「おや、みんな。どうしたんだね。顔が強張ってないか?」
 早乙女が不審そうに声をかける。
 「え、いいえ、博士。なんでもありません。」
 リョウが慌てて答える。
 「ふ〜む。ならいいが。電気もつけずに、暗くないかね。」
 いつの間のにか、あたりはぼんやりとした薄明かりだ。
 「さっき、アメリカのキング博士が急遽日本に来られると連絡が届いた。明日、京都で開かれる会議に出席されるそうだ。わしも行こうと思うのだが、誰か付いて来てくれないかね。」
 「「「(京都!)」」」
 早乙女が見渡すが、皆、ぎこちなく顔を見合わせる。
 「うん?ミチルが来るか?メリーも来るらしいぞ。」
 「え、あ、あのお父様、わたしは・・・・・・」
 「ムサシ君はどうかね。会議を待っている間、甘いものでも食べるといい。」
 「いいえ、博士。・・・おいら、まだテスト勉強が・・・・」
 「ああ、そうだったね。ではリョウ君たちも無理か・・・」
 「すみません、博士。俺はムサシの勉強をみてやらないと・・・・」
 言いにくそうなリョウのあとに。
 「博士、俺がお伴しますよ。」 
 ハヤトが軽く言う。
 「いいのかね、ハヤト君。無理しなくてもいいんだよ。誰か、研究所の所員に・・・」
 「平気ですよ。特にやることもないですし。博士の発表の資料のお手伝いとかあれば言いつけてください。」 
 「助かるよ。君が手伝ってくれるなら、もうひとつふたつ実験結果を付けよう。すまないがこれから手伝ってくれるかね。」
 「ええ。」
 早乙女とハヤトがさっさと部屋を出ていく。
 残った面々は先ほどからの話について考えることを放棄し、誰言うともなく教科書を広げ始めた。
 その夜の「百物語」は見なかった。





 
 「あ〜〜〜、もう!!なんでジンが来てるんだ!!」
 不機嫌さを隠しもしないジャック・キング。
 「せっかくミチルとデートできると思って来たのに!」
 「ワタシだって、リョウとデートしたかったわヨ!」
 書類の山を引っかきまわしているメリー・キング。
 アメリカのスーパーロボット、テキサス・マックのパイロットでキング博士の息子と娘だ。
 「付き添いでくるのはてっきりアイツラだと思ってたんだがなあ。ムサシはうるさいけどお菓子で誤魔化して、ミチルとこっそり観光しようと思っていたのに、なんでよりによってジンだけが!」
 「ほんと、ムサシが来たがらないなんて、信じられない!」
 「みんな、特に離せない用事があったわけじゃないみたいだったゼ、電話した時の口調では。なんか歯切れ悪くて。」
 「ミチルもなんか後ろめたそうだった。京都は素敵なところなのに。一緒に楽しむとばかり思ったのに。それなのに代わりに来たジンはちっとも遊ばないし、無愛想だし。だいたいジンと一緒だと目立つのよ、私達の・・・・・」
 ぶつくさ言っているところへ、早乙女博士と共に父親のキング博士が来て、
 「ふたりとも、さっき頼んだ書類はまだ出来ないのか?」
 「あ、ちょっと待って、パパ。」
 「えっと、確かこっちにあったこれで・・・・」
 ばたばた掻き回していると。
 「早乙女博士。この資料でいいですか。参考までにこちらのデータも付けてきました。これはキング博士もお使いになりますか?」
 数種類の書類を手早く渡すハヤト。
 「ああハヤト君、ありがとう。これでいい。うん、これほどのデータが付いていれば、あの気難しい教授方も納得されるだろう。」
 「おお、さすがだな、ジン。短時間で仕上げるとは。早乙女博士、貴方が羨ましい。これほど有能な助手をお持ちとは。」
 「いやいや、キング博士こそ立派なご子息がおられる。キング研究所は安泰でしょう。」
 「お世辞はいりませんよ、早乙女博士。親の欲目を持ってしても、ジャックとメリーの頭の出来具合は・・・・・・・。テキサス・マックのパイロットとしては可としても・・・・・」
 苦虫を噛み潰したかのようなキング博士。ジャックとメリーも俯いている。
 「ジン、せめてこの会議期間中、うちの二人をしごいてくれないか。」
 「えっ!?パパ!!」
 「ちょっと待ってくれよ、俺達、早乙女研究所に遊びに行こうと・・・・」
 「何を言っている。各国の科学者達が集まっているんだ。顔を覚えてもらうにも最適だ。お前達だけでは失礼があるだろうが、ジンは参加者全員に好まれている。この機会に紹介してもらえ。」
 ギロリと睨まれ、立ちつくす二人。
 「キング博士、もう、お時間ですよ。」とハヤト。
 「そうか、では早乙女博士、参りましょう。ジン、二人を頼むよ。」
 「はい、確かに。」
 にやり。
 振り向いたハヤトを見たジャックとメリーは、この休暇が地獄の教習に変わったことを知った。
 蒼ざめる二人を見詰め、ハヤトはそっと呟く。

   「 うちのメンバーにチョッカイ出すのは、10年早いゼ。」


テスト勉強はしなくとも、ライバル達の情報はしっかりチェックしているハヤトだった。







リョウ達は思っている。ハヤトは頭がいいと。
学校の勉強はもとより、表には出さないが、ハヤトの知識は様々な事象に通じている。膨大な知識は、一旦コトが起きるとすぐさま対応を見出すだろうと。
だが。


本当に頭がいいということは、
常に数多の情報を集め、自分の不利益になる恐れあるものをチェックし、
人をそれと知らぬ間に自分の思う方向に引きずっていく

紳士的な強引さと唯我独尊気質なのだと


そう遠くないうちに知ることだろう。


ねえ。



 

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 九里様   25500番リクエスト。

 お題は  「ゲッターチームや周囲の者が、『 ハヤトは やはり頭がいい。 』 と思う話


申し訳ありません!!去年の9月に頂いたリクエスト、こんなに遅くなったうえに、こんなものです。(汗!!)
内容に関するお叱りは真摯にお受けしますので、怨霊をけしかけないでくださませ。
  
        (  2009.8.19   かるら   )
 
 
 参考文献 
      『 炎都 』           柴田よしき
 
    『京都魔界案内』   小松和彦